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11月18日(土)京都精華大学創立55周年記念 アセンブリーアワー講演会「1000の夢を描く(ゲスト:塩田千春氏)」レポート

アセンブリーアワー講演会は、京都精華大学の開学した1968年から行われている公開トークイベントで、これまで55年間続けてきました。分野を問わず、時代に残る活動や世界に感動を与える表現をしている人をゲストに迎えています。
 
2023年11月18日(土)は、現代美術家の塩田千春さんをゲストに迎え、「1000の夢を描く」と題した講演会を開催しました。
塩田さんは、1996年に京都精華大学美術学部(現・芸術学部)を卒業。ブラウンシュヴァイク美術大学やハンブルク造形美術大学、ベルリン芸術大学を経て、2001年には第1回横浜トリエンナーレに出品。国内外で大きな注目を集め、2008年には芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。世界各国の美術館での展覧会や国際展に数多く参加しています。

「1000の夢を描く(ゲスト:塩田千春氏)」講演会レポート

空間に張り巡らせた糸、人の気配を感じさせる窓枠や鍵などを用いた大規模なインスタレーションをはじめ、「生きることとは何か」「存在とは何か」を問いかける作品を発表し続けている塩田千春さん。2015年に開催された第56回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展では日本館代表作家に選出され、2019年に森美術館で開催された個展「魂がふるえる」は66万人以上の入場者を集めるなど、日本を代表する現代美術家です。
 
(左から、聞き手:吉岡恵美子(本学教員 / 副学長)/ 塩田千春さん)
ベルリンを拠点にし、これまで300本以上の展覧会に参加してきたという塩田さんの原点のひとつに、京都精華大学があります。塩田さんは美術学部(現・芸術学部)で洋画を専攻し、精華のキャンパスで制作に打ち込む日々を過ごしました。
今回、精華のキャンパス内に設けられたギャラリーTerra-Sでは創立55周年を記念した企画展「FATHOM—塩田千春、金沢寿美、ソー・ソウエン」を開催し、塩田さんは新作《夢について》を発表。精華の学生や一般の人から募集した、「夢」に関する手紙を赤いロープで結び、散りばめた作品ですが、塩田さんはそこに込めた思いをこう語ります。

「まず、精華にいた当時の私を思い出しました。何にもなれない私、何にも属さない私、でも、なんにでもなれる……。大学時代というのは夢について語ることがとても多いんじゃないかなと思うんですが、その夢にフォーカスして、手紙を集めました。ちなみに、私がとくに繰り返し見るのは、こういったステージで話さなければいけないときに台本がないといったような夢。そのことを書いた紙も、今回入れました」
(2023年11月17日から12月28日まで京都精華大学ギャラリーTerra-Sで開催していた展覧会「京都精華大学55周年記念展「FATHOM—塩田千春、金沢寿美、ソー・ソウエン」」で発表された《夢について》2023)
12歳のときに美術の世界で生きていくと決めたという塩田さんは、「展覧会のために生きている、展覧会がなければ本当に死んでしまうというぐらい、展覧会が大好き」と言います。2024年も、アメリカやスペイン、オーストリアでの個展のほか、スイスでの舞台美術、韓国でのグループ展など、予定が目白押しの状態ですが、コロナ禍では展覧会の延期・キャンセルを余儀なくされたことも。しかし、そんな先の見えないなかでも、塩田さんは発表を続けていきました。

そのひとつが、2021年にドイツ・ケーニッヒギャラリーで開催された「I hope…」展。「いまこそ希望を語りたいのではないか」という思いのもとで準備した個展でしたが、ロックダウンにより観客を入れることができなくなってしまったそう。
しかし、「コロナだからできることもある」と考えた塩田さんは、ベルリンにいる作家やダンサー、ミュージシャンなどの友人や知り合いに声をかけ、作品とともにパフォーマンスの映像をSNSで配信。芥川賞作家・多和田葉子さんによる詩の朗読と舞踏家・可世木祐子さんによるダンスや、ジャズピアニスト・高瀬アキさんとオペラ歌手・中村まゆみさんのコラボレーション、ダンスカンパニー「Sasha Waltz&Guests」のパフォーマンスなど、特別な展覧会を作り上げました。
 
(講演会後半から聞き手として加わった、中央左から 佐川晃司 / 生駒泰充(ともに本学洋画専攻 教員))
どんな時でも表現に取り組む、強い意思──。講演会の後半では、塩田さんの学生時代をよく知る本学芸術学部洋画専攻教員の生駒泰充、佐川晃司の二人が加わり、当時、塩田さんが制作した作品を振り返るという貴重な時間が設けられました。そこでも浮かび上がってきたのは、どこまでも表現を追求しようとする塩田さんの姿です。

例えば、精華に入学して最初に出された課題について。型にはまった“受験対策としての美術”に学生たちが疲れ果てているだろうと考えた教員たちが出した最初の課題は、「絵でも立体でもパフォーマンスでも、メダカの観察でもいい。自分がやりたいことを1カ月間やり、報告書を提出してください」というもの。このとき塩田さんは100号のキャンバスに油絵を描きましたが、これがきっかけとなってスランプに陥ったと言います。
「こんなにたくさんの表現があるのに、なぜ私は絵を描くのだろう、なぜ絵を描くことを選んでしまったのだろう、と悩んでしまったんです。いくら考えても説明ができなくて、説明ができない自分にすごく苦しくなって……そこから、私が本当に使いたいマテリアルは何なのか、そしてアートの意味とは何なのかを考え始めました」
 
(塩田さん在学中に、本学キャンパス 春秋館で開催された個展「塩田千春展」の看板)
そうして壁にぶつかったあと、2年生になって学内で開いた個展では、土着的な仮面を600枚も作成し、壁にびっしりと展示。さらにインスタレーションに移行したときの作品では、実習室の前の廊下に巡らせた赤い糸と自身が横たわる姿を友人が撮影したものも。じつは、塩田さんが卒業制作時に作品を吊るすために空けた穴は、いまなお春秋館の天井に残っているそう。現在に通じる表現が学生時代にすでに生まれ、そのときの「記憶」がいまも精華のキャンパスに残っているのです。
(在学中に開催された個展「塩田千春展」/ 土着的な仮面が約600枚並ぶ展示風景)
担当教員のひとりだった生駒は、当時の塩田さんについて、こんなエピソードを披露しました。
 
「とても印象に残っているのは、2年生のときに丹後にある精華の宿舎へ写生のための旅行に行ったときのこと。昼食を食べたあとなのに、学生が集まっておにぎりを握っているんです。『塩田さんが風景を描くのに熱中しちゃって、お昼ごはんを食べに帰ってこられなかったから、いまから握って持っていてあげるんです』って。普通ほっとけばいいのに、あれだけ熱心にやっているんだからと、まわりがほっとかないんです。塩田さんのいまの作品も、絶対ひとりではできない、いろんな人に協力してもらわなくてはいけない仕事をしている。いまも昔も、そうした人を動かしてしまう人間的な魅力があるのだろうと、とても感じています」

さらに、質疑応答の時間には、塩田さんの“後輩”にあたる芸術学部の学生たちから、多くの質問の手が挙がりました。
 
現在、洋画専攻の2年生だという学生は、「制作中に何か要素を捨てなくてはいけないとき、どのように判断されていますか?」と質問。この問いに対し、塩田さんは、自身が大きな影響を受けたという本学元教員・村岡三郎氏に相談をしたときのことを語ってくれました。
 
「私も学生のとき、村岡三郎先生に同じような悩みを質問したことがあります。『インスタレーションで、意味的に必要なものがあっても視覚的に必要ではない場合、どちらを選べばいいんでしょうか?』って。そのとき村岡先生は、自分たちは視覚芸術をやっているのだから、視覚的に必要なものを選ぶべきではないか、と答えられたんですね。人によって答えが変わっていくものだとは思いますが、その村岡先生の答えには、はっとさせられました」
(スライドに映しだされた本学元教員の村岡三郎氏と、当時の話を振り返る塩田さん)
また、芸術学部の1年生だという学生から「精華で学んだことはどんなことでしたか」といった質問が寄せられると、本学教員の佐川が「何かを教えた記憶は私にはまったくないです」と一言。塩田さんは「いやいや、たくさん学びました」と笑い、こう話しました。

「精華では教えてくださる方々が、先生でありアーティストなんですよね。そういう環境はあまりないんです。先生の作品を見て学ぶだけでなく、アーティストとしての背中を見ることができる。その背中から多くを学んだと思います。そこは本当に普通の大学とは全然違うところだと感じています」
 
塩田さんが表現を追求し、制作に集中して過ごしたこのキャンパス。いま同じ場所で試行錯誤を重ねる学生たちにとって、塩田さんの言葉と背中は、とても大きな力になったはずです。
塩田さん、この度はすてきなお話をどうもありがとうございました。

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