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デジタル作画は、アニメーターの「新たな画材」になるか?スタジオコロリドによる「デジタル作画講座」レポート

台風のノルダ(©2015映画「台風のノルダ」製作委員会)

デジタル作画を学ぶ、新カリキュラムがスタート

いま、アニメーション業界は大きな変革期を迎えています。アニメの制作工程の多くがデジタル化されていくなかで、「手書き」というアナログな手法を残し続けてきた「作画」の行程においても、デジタル化の波が押し寄せています。紙と鉛筆に代わって、デジタル画材による作画が標準となるのか。
京都精華大学のアニメーションコースでは、こうした時代の流れを受け、「デジタル作画」の手法を学ぶためのカリキュラムを2017年よりスタート。いち早くデジタル作画を取り入れ、業界でも注目を集める新進気鋭のアニメーション制作会社「スタジオコロリド」のアニメーターを講師に招いています。
授業のねらいやその内容、業界におけるデジタル作画の動向などを、スタジオコロリドの間崎さん、栗崎さんに聞いてきました。
 
この記事の内容
・コロリドが描くデジタル作画の未来
・授業の課題は、コロリドの新入社員と同じメニュー
・十人十色の学生作品を公開!
・デジタル作画は「新たな画材」になるか?
・デジタルの作業行程を確立したい

話を聞いた人

向かって左が間崎さん、右が栗崎さん。間崎さんは京都精華大学の卒業生でもあります。
間崎 渓さん
京都精華大学アニメーション学科を卒業後、アニメ制作会社「A-1 Pictures」に入社。2012年秋にスタジオコロリドへ加入し、原画から演出までオールラウンドに活躍する。いまに活きる学生時代の経験は、グループ制作やグループ発表の授業で、みんなを取りまとめたこと。
 
栗崎健太朗さん
他社でアナログ動画を3年経験したのち、スタジオコロリドに入社。「陽なたのアオシグレ」(2013年)以降、作画スタッフとして携わり、同社でデジタル環境の整備を担当している。ふだんはデジタル作画担当だが、最近は水彩画にハマりだしているのだそう。
 
スタジオコロリド
東京にあるアニメーション制作会社。石田祐康監督や新井陽次郎監督が所属し、20代を中心とした若手クリエイターたちが集まる。劇場アニメ「台風のノルダ」(2015年)、マクドナルドやパズル&ドラゴンズのCMアニメなどを手がけ、話題を集めている。

コロリドが描くデジタル作画の未来

進行 コロリドさんはデジタル作画をいち早く導入し、業界の注目度も高いですが、もともとデジタル作画への意欲をもったメンバーが集まったのでしょうか?

栗崎 いえいえ、僕たちも元はアナログで描いていて、コロリドに入ってからデジタル作画の技術を身につけました。

間崎 デジタル作画を使うきっかけは、コロリドとしてのはじめての劇場アニメ「陽なたのアオシグレ」の制作途中のことです。京都精華大学の卒業生でもあり、本作の監督でもあった石田祐康が提案したことから導入しました。

栗崎 石田は、学生時代につくった「フミコの告白」(2009年)の制作当時からデジタル作画に造詣がありましたが、アオシグレの制作に集まったスタッフ全員がデジタルの未経験者でした。なので従来通り、紙の作画を主体に制作がスタートしたんです。

間崎 けれど、作品のクライマックスで、主人公と鳥たちが縦横無尽に画面を飛び回るシーンがあり、従来の方法ではどうしても到達できない表現の壁にぶつかりました。ここを描き切るために、デジタル作画へ踏み切った経緯があります。
 

デジタル作画を導入する契機となった劇場アニメ「陽なたのアオシグレ」。多くのスタッフが液晶タブレットすら触ったことのない状態からスタートしたという。

栗崎 アニメ制作では、たった1秒間の動画を制作するのに、8〜24枚ほどの画像を必要とし、1枚の絵に数時間あるいは数日かかることもあります。アニメ業界が内包する長時間労働の問題を解決するための手段としても、積極的にデジタル作画を導入してきました。

進行 良い作品をつくるためには、まず良い労働環境があるべきだと。

間崎 いまやコロリドがめざす針路のひとつになっていますね。デジタルツールを導入することで、一人のアニメーターが原画や動画だけではなく、彩色や撮影など、さまざまな仕事をすることが可能になります。ひいては、一人ひとりのアニメーターの報酬を上げることに繋がりますから。

進行 コロリドさんでも、ゼロからのトライだと聞くと、未経験者にも希望がもてますね。

栗崎 人によって個人差はあると思いますが、若いうちはよりデジタル化への適応力があると思います。アナログからデジタルに移行して、コツをつかんでうまく線を引くためには、だいたい2〜3週間ぐらいの時間がかかりますね。
台風のノルダ(©2015映画「台風のノルダ」製作委員会)
長編となった「台風のノルダ」は、外部のアニメーターと連携して制作した。一部のアニメーターには、デジタル作画をいちから勉強してもらったのだそう。
台風のノルダ(©2015映画「台風のノルダ」製作委員会)
デジタル作画では描いたものをタイムシートのタイミングで再生することが容易にできる。台風の雨風の激しさや髪のなびき方など、モーション部分にこだわれるのが利点だという。

授業の課題は、コロリドの新入社員と同じメニュー

授業にあたって、セルシスの線画ソフト「STYLOS(スタイロス)」や、ワコムの液晶ペンタブレットを企業から提供を受けています。
進行 「デジタル作画」のカリキュラムでは、どのような授業を行なっているのですか?

間崎 僕らが普段の仕事で使用しているデジタル作画ソフト「STYLOS(スタイロス)」と、液晶ペンタブレットなどの機材を用いて、4秒間のアニメーションをつくってもらいます。課題内容は「四角い箱形の物体に、丸い物体が当たって、どのようなアクションとリアクションが起こるか」というもの。

栗崎 ただし条件があります。アニメーションを描く前に、ボールと箱の素材を決めること。箱に当たったボールを、画面内で静止させること。この二点です。素材は自由に決めることができますが、条件や尺の中でそれが再現できるのかを描き始める前に考えないといけません。つまりこの課題は“想定して描く”ということが狙いです。
学生は自分で、箱形の物体と丸い物体が何であるか設定し、イメージしているものに見えるような動きをつけていきます。
間崎 今回はこの課題を3回の授業で制作し、最終日には学生たちが作成したアニメーションを再生し、講評を行いました。

栗崎 ちなみにこの課題は、コロリドに入社した新入社員に与えるものと同じものなんです。

進行 コロリドさんが能力開発に取り入れているぐらいですから、やはり深い意味があるのでしょうか。この授業を通じて、どのような狙いがありますか?

間崎 一番の目的は、デジタル作画のツールに慣れてもらうことです。とにかく手を動かして、絵を動かして、デジタル作画の作業がどういったものか、実際に経験を積んでほしいと思っています。
デジタルツールで動きの緩急を微調整することで、動きの精度を上げることができます。

十人十色の学生作品を公開!

4秒間のコマのなかに、描いた絵を1枚ずつ割り当て、連続した動きをつくる作業。
進行 お題となる物体の形状がシンプルなだけに、どうしたら想像したものに見えるのか、苦労している学生もいました。たとえば、アルミ缶と石、木と野球ボールなどに見立てている学生がいましたが、デジタル作画の便利さをもってすれば、もっと描き込んだお題でもよかったのではないでしょうか?

間崎 いえいえ、そこにこそ、アニメーションコースでデジタル作画を学ぶ醍醐味があると思っています。木やアルミ缶に見せるために、絵のように描き込むんじゃなくて、動きだけで「それっぽさ」を演出するのがアニメーションの本質です。折れてはじめて木だとわかるし、ベコっと形状が変化してはじめてアルミ缶だと認識できます。物体がシンプルだからこそ、どのように動かすかが問われるんです。

栗崎 ただ、木やアルミ缶のように、誰でも見たことがあるものを設定すると、意外に難しいんです。見たことがあるものほど、動きにちょっとした違和感があると悪目立ちします。そこに苦労したかもしれませんね。

間崎 より「それっぽさ」を引き出すためにはどう動かすか。最終日に講評をしましたが、その点に注意してアドバイスしました。

進行 デジタルでの作画をはじめて体験した学生さんからは、「便利の極み」「動かすのがすごく楽しい」という率直な感想が挙がっていました。

間崎 集中している学生さんの表情から、作業をイキイキと楽しんでいるのが、僕らにも伝わってきました(笑)。

十人十色の学生作品を公開!

「ジャイロボールとナン」


「こんにゃくゼリーと鉄球」
 





「積み木と重めのボール」


「生きているこんにゃくとテニスボール」

デジタル作画は「新たな画材」になるか?

作業開始直後は、はじめて触れるツールの感覚にとまどう学生の姿も。
進行 学生のなかには「デジタル」と聞いて、苦手意識を感じたり、不安になったりする人もいると思うのですが、その点はどうでしょう?

間崎 デジタル作画といっても、重要なことはアナログでの作業と変わらず、画力や発想力なんです。なので「デジタル」という言葉だけをすくい上げて、あきらめてしまうのはもったいないですね。

進行 なるほど。そもそも画力として遠近法が狂っていたり、動きに抑揚がなかったりするものについては、たしかに違和感を覚えましたね。

間崎 そうなんです。デジタル画面は、アナログで描くよりも線がシンプルになるので、むしろごまかしが効きづらいんです。そこで必要になるのは、きちんと描ける力です。
「デジタル作画では、アナログよりもシビアに画力が求められる」と話す間崎さん。
進行 デジタル化と聞くと、どうも魔法の言葉のように聞こえますが、基礎的な能力の積み重ねが大切なのですね。

栗崎 はい。動画のスキャンや、ゴミ取りといった、手書きなら手間を要したはずの作業を、デジタルは大幅に省いてくれます。けれど、画力や考える力が根本にあるという意味では、手書きアニメもデジタルアニメも変わらないんです。

間崎 デジタル作画もひとつの「手段」ですから「画材」に過ぎません。ただ、省くことができた時間を有効に使って、より作画に費やすことができます。「もっとカメラワークにこだわりたい」とか「さらに細かなディテールまで描きたい」といった想いを叶えることができます。

進行 デジタル作画によって、アニメ作品の質を上げることができると?

間崎 デジタルでより表現できるものがあると思います。アニメーションは映像表現ですから、描いたものが動き、どのような印象を与えるのか、トライアンドエラーを何度もできることがデジタル作画の利点です。より動かすことが、より強いアニメーターを育てると、僕は思っていますね。


学生の作品を見せながら、問題点と改善点を丁寧に解説していくお二人。

デジタルの作業行程を確立したい

進行 表現の向上や作業の効率化、ひいてはアニメーターの待遇改善……数多くのメリットがあるわけですが、現在、アニメ業界のデジタル作画への移行率は、どれくらいなのでしょうか?

栗崎 じつはまだ全体の1割ぐらいだといわれています。業界を長く支えてきたアニメーターの方がアナログでの制作環境に慣れてしまっていたり、デジタル化のための設備投資にコストがかかったりもするので。



いまやコロリドのデジタル作画マネージャーを務める栗崎さんも、コロリド入社時はデジタルの経験はなく、石田祐康監督からペンタブの使い方を学んだという。

間崎 ただ、僕たちは業界全体が過渡期であることを自覚していて、この4~5年のうちにデジタルツールでの制作工程がある程度確立できると考えています。アニメ制作関係者の多くが「なんとかしなければいけない」と感じていますから。

進行 なるほど。これからのアニメ業界を背負っていく若い人たちにとってみれば、デジタル作画のスキルは、遅かれ早かれ必要になりそうですね。

間崎 そうですね。コロリドの社員も平均年齢20代半ばの若いメンバーです。デジタル作画を習得することで、若い人に多くのチャンスがまわってくると思います。ただ、ベテランや先輩がいない状況ですから、10年も前に先輩方がつまずいたことを自分たちが同じように繰り返している可能性もあります。今後、人材の育成方法を確立していくことが、業界全体にとって大切だと感じています。

進行 最後に、デジタル作画における今後の展望を教えてください。

栗崎 コロリドの最終目標はオールデジタル化です。しかし、デジタル化が進んでも、アニメ制作が集団作業であることに変わりはありません。より良い作品をつくりたいという思いや、より効率良く制作できるよう知識やノウハウを、チームと共有することが大切になります。作画のテクニックだけではなく、アニメーションの原点ともいえるコミュニケーションの大切さも伝えていきたいですね。


コロリドの企業理念は「アニメに関わる人が安心して働き続けることができる場を作る」。デジタル制作のワークフローを企業秘密にせず、広く共有している。

間崎 〈描く、結果を動きで見る、更に良くする〉を容易に行えることが、デジタルの魅力だと思っています。学生さんにもそれが伝えられるような授業にしていきたいと考えています。

進行 本日はどうもありがとうございました。

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