セイカアニメーションの「動きの基礎」作画授業レポート

MANGA

アニメーション学科では、1年⽣の授業「アニメーション基礎実習」で、アニメーションの基本となる絵を動かす基礎画⼒を養っています。
授業担当教員は「うる星やつら」「タッチ」など、様々な作品制作に携わっていた遊佐かずしげです。本記事では、教員へのインタビュー形式で、アニメーターに求められる基礎技術や考え方、そして学び方を掘り下げてご紹介します。

遊佐かずしげ先生に聞く!

竜の子プロダクション退社後フリーに。「うる星やつら」「タッチ」「楽しいムーミン一家」。現在は「みんなのうた」「チコちゃんに叱られる」「おじゃる丸」 や民法の CMで活躍する。その傍ら、制作プロダクションでの指導やEランニング「アニメータードリル」「アニメーターの課題集」を発表。全国の小中学校や学童保育でのアニメ体験型啓蒙活動など教育分野で活動している。一般社団法人練馬アニメーション代表理事/福岡デザイン&テクノロジー専門学校特別講師 /JAniCA会員
アニメーション学科担当科目:作画・演出系授業、卒業制作
ー 本⽇は京都精華⼤学アニメーション学科1年⽣の「アニメーション基礎実習」という授業を拝⾒させていただきました。そこで、ユニークで熱気のある授業をご担当されていた遊佐かずしげ先⽣にお話を伺いたいと思います。よろしくお願いします。
 
遊佐:宜しくお願いします。
 
ー 先ず、京都精華大学の教授となられたきっかけを教えていただけますか。
 
遊佐:ハイ。3年前に特任として就任後、この話を頂いたのですが、大変悩みました。東京からの通勤になるからです。ところが本アニメーション学科の礎を築かれたのは私の業界での恩師である杉井ギサブローさんとのこと。かつて映画「タッチ」や「源氏物語」「ストリートファイターⅡ」の監督であり、私は作画監督、原画として大変お世話になった生涯を通じる恩師です。本学の教育理念も素晴らしく、尚のこと断るわけにはいきませんよね。(笑)特任教授1年を含めて3年目になります。
 
ー 担当する分野をお教えください。
 
遊佐:私自身が現役アニメーター(2D&3D)であり演出家ですので、本学では作画を中心に映像づくり全般を指導しています。アニメーションにおける「基礎画力」を学びながら、アニメーションを作るまでのカリキュラムとなります。
ー 注目度の高い学科だそうですが、学生のめざすものはなんでしょうか?
 
遊佐:本学に⼊ってくる学⽣はアニメーター志望のほかにも、ゲーム業界や実写映像、ウェブなどを含む広い意味の映像クリエイターに興味のある人、演出家、ディレクター、プロデューサー職に目覚める⼈もいます。また、研究分野と捉え、実技を体験し様々な作品を観ることでアニメーション文化の研究を目的とする学生もいます。この点が即戦力を育てるアニメーション専門学校と大学の違いといっても良いでしょう。いずれにしてもアニメーションの魅力と作る喜びを知ってもらうことが大切だと思います。
 
ー なるほど。ところで遊佐先生の教えるうえでのこだわりは何かありますか?
 
遊佐:ハイ。先ず「目のセンサーを磨きなさい!」と指導します。アニメーション教育の代表的教育機関として知られるフランスのゴブラン校を何度か視察したことがあります。担当の教員⽅と意⾒交換をさせていただき、そこで感じたことは、抜群の「基礎画力」を持つ人はアニメーションを作らせても上手と言うことです。「基礎画力」が大切ということはそういうことで、要するに分析⼒を備えていることを意味し、彼らにはすでに「動き」の必然性を探る観察力が備わっているのです。ゴブラン校の学生はその上でさらに芝居を学ぶことで生き生きした⾒事なアクションを生み出します。私が本学の学生に「目のセンサーを磨きなさい!」と指導するのはそのためで、今⽇の授業もそれでした。
ー アニメーションにおける「基礎画⼒」とは、一般的な画⼒と⽐べて違いがあるのでしょうか?
 
遊佐:絵の上⼿い⼈はたくさんいるのですが、アニメーションではその絵に「動き」を付けることになり、演技⼒が求められます。私は「アニメーターは役者だ」と教わりました。絵で演技を表現するためには物理のルールや遠近法の知識も必要とされます。入学時はどうしても可愛い少女の仕草やイケメンキャラクターのアクションに憧れるようです。好きな絵を通じて動きの楽しみを体験することは素晴らしいのですが、生活芝居となると簡単ではありません。それでは困りますよね。「クシャミをする」「ジャガイモをむく」などのシーンを連続絵を描けますか?つまり「動き」を理解するためにはそうした普段からの何気無いシーンを自ら実演して描くための「基礎画力」を養う必要があるのです。
 
ー 普段から動きを観察し実演することが大切なのですね。
 
遊佐:例えば、「歩き」でも子供とお年寄り、男性と女性では違いますよね。「動き」を観察し日頃から演技のバリエーションを蓄えることが大切なのです。ところで【ロトスコープ】というアニメーション技法を知っていますか? 実写フィルムから動きをトレースするアニメ表現の一つで、なんとなくおしゃれで、コマーシャルやTVタイトルで用いられたりしますが「ブラタモリ」のタモリさんのダンスが代表的です。しかし、アニメーターにとっては退屈な手法と感じるでしょう。実写の動きをなぞっているのでそれ以上でもそれ以下でもないからです。アニメーターの腕の見せ所の創意工夫したオリジナルの動きを発見する楽しさが奪われてしまうと言っても過言ではありません。
ー 創意工夫したオリジナルの動きとはなんですか?
 
遊佐:キャラクター表現では人体のクロッキーや動物の模写を繰り返し骨格と筋肉を学びデッサン力を養うことは言うまでもありません。そのうえで必要なのが芝居です。しかし、アニメーションの芝居にはさらに【誇張】=デフォルメと【省略】=シンプル化が必要となります。
アニメーションではいわゆる動かすことを前提としたデザインに様々な工夫がなされています。たとえば、少ない線、少ない色数のネズミを擬人化し手をわざと⼤きくデザインし、必要の無い薬指は省略したミッキーマウスが代表的です。これは極端な例ですが、アニメーションでは限られた枚数の連続絵で表現する必要があるので、キャラクターデザインと演技そのものにも【誇張】と【省略】が必要となります。最初にしっかり「基礎画力」を身につけることが大切でリアルな犬が描けるようになれば、アニメーションのシンプル化した犬も魅力的に表現できるようになるはずです。
 
ー上達するにはたいへんな努力が必要なのですね。
 
遊佐:楽しく学びましょう。野球でもサッカーでも徐々に上達するのは嬉しいものです。本学では経験豊富な教員による様々な科目が用意され、4年間を通じて作画から3DCG、ストップモーション、演出、背景画、撮影に至るまで段階的に丁寧に指導しています。オリジナルキャラクターが思い通りに動いた時の感動がそこにあります。
ー 基礎画力をつければアニメーターになれるのでしょうか?
 
遊佐:実は絵を描くことと、動かすことは別なのです。例えば「歩き」の絵が上手に描けても、連続絵となるとどの瞬間に地面を蹴ったのか? テンポは? どうして頭が上下するのか?を理解し表現しなくてはなりません。そのため最初は簡単な物体 =「弾むボール」や「煙のリピート」などの課題からスタートして【動き】と【時間】の関係の基礎を学びます。ボールを床に落として弾んだ時の上空での滞空時間はどのくらいか?そのバウンドのテンポは? 煙が上昇するスピードは?・・・そこで1年⽣の最初の授業では「10秒ゲーム」という⽬を閉じて10秒ジャストで⼿を上げてもらうゲームをします。最初は8秒~14秒とバラバラですが、何度か繰り返すと10秒で⼿が上がるようになります。皆さんも是非トライしてみてください。・・・せっかくの良いポーズも良い演技もタイミングが間違っていたら台無しですよね。滝の水がゆっくり落ちれば巨大な滝に感じます。このように1年⽣でしっかり物理的ルールと時間軸の関係を学びます。ものを見る力=目のセンサーを磨けば、過去のお気に入りアニメーション作品を見返した時、驚くほどの新たな発見があるはずです。
 
ー たいへん興味深いです。実写映像とアニメーションの違いを教えてください?
 
遊佐:···例えば実写映画と舞台でも違いますよね。舞台では観客に役者の背中は不必要に⾒せてはならないとか、三階席にも解るようシルエットを意識した身振り手振りが大切です。その点、アニメーションの表現はもっと⾃由です。宇宙にも飛び出し、時空をさまよったり、変身(メタモルフォーゼ)やあり得ないアクションだって容易に表現できます。つまり絵ではたくさん嘘をつくことができるのです。
 
ー 嘘をつく・・・?
 
遊佐:ここで言う嘘とはもちろんテクニックのことです。このテクニックがうまく表現できた時のアニメーターの達成感は描いた本人にしか分からないのかも知れません。例えば激しく殴るシーンでは瞬間的に腕を倍に伸ばしたり、1秒間に100回殴ることもできそうです。限られた画面の中の芝居だけで画面の外の状態を視聴者に想像させ、一万羽の渡り鳥を表現することも可能です。時に実写映画よりも迫⼒があり痛快な演出が成立します。これらのテクニックはまさにアニメーターの腕の見せ所で、ルパンが空中で平泳ぎをしたりおじゃる丸が短い手で都合よく烏帽子に手が届いたり、動かす楽しみは無限です。解りにくい説明かと思いますが、ロトスコープの裏返しとご理解ください。
ー なるほど!創意工夫ですね。ところで⽣き物と無機物の描き⽅の違いはありますか。
 
遊佐:アニメーションとは、元々ラテン語のanima=アニマに由来し、命を吹き込むという意味がありますので、無機質なモノには命は吹き込めません。単なる移動と回転、変形になります。しかし、コップが倒れ水が溢れる場合はその原因=他からの力を受けるわけですから、そこで物理の知識が必要となります。よ~く観察するとコップは少し跳ね、液体の表面張力に気付きます。他にも車がガードレールを突き破り崖から飛び出した時のタイヤのサスペンションの状態を想像しましょう。
生き物の描き方は授業で「顔の振り向き」「人体の走り」「鳥の羽ばたき」。自然現象では「炎の送り」「旗のなびき」などの解りやすい課題をこなすことでルールを習得していきます。
 
ー ところで、遊佐先生は1年生から全学年通して教えていますが大変では?
 
遊佐:当初は2年生からだったのですが、スタートこそが重要と考え実現しました。ハイ、おっしゃる通りモーレツに大変です。アニメーションは実に複雑な作業工程で積み上げ式に理解する必要があるからです。カメラの特性も学びます。入学時の学生の動機や力量も様々です。基本を学ぶことの重要性からスタートすることが成長のためには効率が良いと確信しました。
他にも「3DCG」や「背景美術」「演出」「アクションドローイング」「ストップモーション」など多彩な科目があり、教員間で連携して学生にとって有意義な4年間になるよう取り組んでいます。同時にノートにまめにメモを取る習慣や、社会人としてのルール、礼儀もしっかり指導します。
ー ここで、今年発表された著作の[「アニメーターの課題集」](https://aja.gr.jp/jigyou/ikusei/workbook)についてお聞きします。
 
遊佐:この「アニメーターの課題集」は一般社団法人日本動画協会の人材育成委員会からのオファーで、新人アニメーター向けに企画されました。これまでのアニメ技法書には無いアプローチで、私が実際に教育機関やプロの現場での指導した経験から厳選した16の講座を一冊にまとめたものです。日本動画協会HPからPDF/全124ページの教材で無料配信されていますので、本学をめざす高校生の皆さんも是非トライしてみてください。すでに全国の教育機関を含めおよそ50,000件ダウンロードされ、たいへん大きな反響をいただいていています。マンガ家やゲーム業界、イラストレーターの皆さんにもご支持いただけており、特に遠近法や時間軸、予備動作などが新鮮のようです。(2021年3月発表)
ー 京都精華大学から巣⽴っていく若者たちに向けて、メッセージをお願いします。
 
遊佐:完璧な「基礎画力」と「演技力」が備わらないとアニメーターになれないというわけでは決してありません。イラストタッチの「風刺アニメ」やウェブに見られる「ワンアクションアニメ」も同じアニメーションです。伝えたいというメッセージを持っていれば、表現方法はみなさんの工夫次第です。学科で学んだカリキュラムはいろいろな形で活かされるはずです。
また、以前のようなアナログ時代と違い、今ではデジタル化の恩恵で自らストーリーを考え作画から撮影まで誰でも短時間で作れる時代です。規制にとらわれない、自由なテーマの作品も許され、YouTubeなどで発表もできます。個人アニメーション作家を選ぶ場合、生業として将来食べていけるかは、その人の努力と才能と運次第かもしれません。一方、商業アニメーションのスタジオに就職する場合は、そこで何をしたいかを見定め、その分野での専門職を極める必要があります。アニメーター/背景美術/キャラクターデザイン/演出/制作進行 etc・・・どのスタジオでも常に有能な人材を求めています。ゲーム業界も同様です。海外との連携も進んでいますので、昔とは発注と受注の形も様変わりしました。もしも映像表現でのアニメーターや演出家、映像クリエーターをめざすのなら、これまで記した「基礎画力」と「演技力」をしっかり身につけましょう。通用するはずです。就職先で本番を通じてメキメキと腕が上達するのは間違いありません。もちろん根気と協調性が大切です。業界以外に進む場合でも、アイデアからの産みの苦しみや、仲間との連携を通じて得た創作の奥深さとその経験は、きっと次のステージに活かされるに違いありません。
ー 日本のアニメ業界が抱えている課題を聞いてもいいですか。
 
遊佐:業界としてはデジタル化における合理化のうねりに合わせる形で、人材育成や労働条件改善について真剣に取り組んでいます。時には行政の力を借りることもあり、拙書「アニメーターの課題集」も人材育成の一環です。海外との合作や請負も増えていますから、その意味でも足並みも揃えなくてはなりません。ただ、間違い無く言えることは、夢を実現するには何事にもご自身の目標やスキルが無くては何も始まりません。この4年間でいろいろなことに感動し、達成感や協調性を学んでいただき、学生の皆さんの未来への選択肢を得られるように指導していきたいと思います。
また、日本人学⽣には是非第⼆⾔語を学んで欲しいと思います。海外からの留学生もたくさんいますし、今後ますます海外との連携が活発になるでしょう。将来、ハリウッドやフランスで働くかもしれませんよ。
 
ー 今日は京都精華大学のアニメーション学科のカリキュラムへのこだわりの一端を知ることができました。本日はありがとうございました!
 
遊佐:ありがとうございました。